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絵心〜感性を数値にするのは困難だ〜

画を描ける能力にモーレツに憧れる。

目の前にある風景、装い、それを違う媒体(例えば紙とか)に転写するという
行為が画を描くという行為の1つなのだろうが、それを目的に描いたとしても
自分ではとてつもなく気に入らない。ま、ヘタなのだ。

自分ではなく機械に頼った”写真を撮る”という行為でも、結果として
生まれる自分の撮影した写真も、ドコか気に入らない。

何かが足らない、何かツマラナイのだ。


授業という形で、習字or美術のどちらかを履修しなければならなかった時に
迷わず習字を選択した。

習字ならずっと練習していたし、芸術性はどうであれ、キレイな整った
”お手本に近い字”を描くことに慣れていた。

しかし、習字の履修希望者が多く、くじ引きでの抽選となり、私は抽選に外れ
美術を履修せねばならなくなった。

授業内容として、デッサン、油絵、イラストがあったのだが、毎回の作品提出が
嫌で嫌で仕方なかった。

一般的なことは分からないが、少しでも良い感じを目指して描こうと考えた結果、
数学的に描いやろうと考え、デッサンでは大きさの比率や、幅、などなどの
位置関係を全て距離で計り、計測結果の点の集合がデッサンになっているという
形をとったのだが、確かに現物に近く描けるのだが全くツマラナイものだった。
評論家に言わせれば”オマエ、アジとか全然ねーよ”といった感じだと思う。

油絵も同じような感じだ。

有名画家の展覧会が美術館で開催されたので、油絵っつーもんはどんなものか?と
作品に見入っていたのだが、やっぱり違う。
何が自分と違うのか分からないが、何か1つでもパクッてやろうと考えていると
油絵の具を使った場合にできる凹凸が、なにやら臨場感を出しているような
気がしてきて、できるだけ凸凹に描いてみようなんて思ってしまった。

そんな思考を抱えた状態で授業に望むのだが、完成した作品を革めて見てみると
イマイチなのだ。

アジというか、画の面白さは相変わらず出せないままに、油絵の具だけが減りまくる
というオカシナ事態になってしまっていた。


そんなわけで未だに自分の2次元の作品にモドカシサを感じる。
だから、やっぱり画を描ける人に憧れてしまう。
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